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最高裁平成3年11月19日第三小法廷・ 民集第45巻8号1209頁

2016-12-28

主    文

一 原判決中、予備的請求に関する上告人の敗訴部分を破棄し、右部分に関する第一審判決を取り消す。
二 被上告人は上告人に対して、一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年五月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 上告人のその余の上告を棄却する。
四 訴訟の総費用は、被上告人の負担とする。

理    由

一 上告代理人佐治良三の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

二 同第二点について

1 原審は、(一) 被上告人は、上告人との間で普通預金契約を締結していたが、昭和五九年二月二一日、被裏書人として所持していた額面一七〇〇万円の本件約束手形に取立委任裏書をしてこれを上告人に交付し、その取立てを委任するとともに、本件約束手形が支払われたときは、その金額相当額を被上告人の右普通預金の口座に寄託する旨を約した、(二) 本件約束手形は不渡りとなったが、上告人は、確認手続における過誤により、本件約束手形が決済されて右普通預金口座に本件約束手形金相当額の入金があったものと誤解し、被上告人の普通預金払戻請求に応じて、同月二七日午後一時五〇分ころ一七〇〇万円を支払った、(三) 上告人は、同日午後二時五〇分ころ右過誤に気付き、同日午後四時三〇分ころ被上告人に対し、右事実を告げて払戻金の返還を請求した、(四) 本件約束手形に順次裏書をした訴外D、同Eらと被上告人とは、当時、経済的に密接な一体の関係にあった、(五) Dが営んでいた事業は同年一〇月ころ倒産し、そのころ同人は所在不明となった、との事 実を適法に確定した。

2 原審は、右事実関係の下において、(一) 上告人の被上告人に対する払戻しは法律上の原因を欠くものであり、被上告人は上告人の損失によって利益を得た、(二) 被上告人は、本件払戻しを受けた時においては、これが法律上の原因を欠くことを知らなかった、(三) 被上告人はDから本件約束手形の取立てを依頼されてその裏書を受けたものであって本件払戻金は被上告人が受領後直ちにDに交付した、との被上告人の主張事実は、これを認めることができず、仮に右払戻金が受領後直ちにDに交付されたとしても、金銭の利得による利益は現存することが推定されるのであって、経済的に密接な一体者間の内部的授受によっては、いまだ授与者の価値支配は失われないとみるべきであるから、Dへの金銭交付をもって利益が現存しないものということはできない、(四) 右によれば、利益が現存しないとの被上告人の主張事実は認められないから被上告人に対して払戻しを受けたと同額の一七〇〇万円の返還を命ずべきところ、現存利益の範囲は不当利得制度における公平の理
念に照らして物理的な利益のほか、当該不当利得関係発生の態様、受益の不当性及び原因欠缺に対する注意義務の懈怠等について、利得者及び損失者双方の関与の大小・責任の度合い等の事情をかれこれ勘案考量し、具体的公平を図るべきものであり、これを本件についてみるのに、本件紛争の端緒は本件手形の決済の確認に際して上告人が誤って処理済みであるとしたことにあり、これは大手都市銀行としてはまことに杜撰な措置であったというべきものであるから、本件払戻し前後の経緯においては被上告人側に多分に不審又は不誠実な言動が見られるものの、これらの事情をかれこれ比較考量すると、被上告人が上告人に返還すべき現存利益は、前記一七〇〇万円の約四割に当たる七〇〇万円と認定するのが相当であり、これを超える一〇〇〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める上告人の請求は失当である、と判断した。

3 しかし、原審の右判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。
すなわち、前記事実関係によれば、本件約束手形は不渡りとなりその取立金相当額の普通預金口座への寄託はなかったのであるから、右取立金に相当する金額の払戻しを受けたことにより、被上告人は上告人の損失において法律上の原因なしに同額の利得をしたものである。そして、金銭の交付によって生じた不当利得につきその利益が存しないことについては、不当利得返還請求権の消滅を主張する者において主張・立証すべきところ、本件においては、被上告人が利得した本件払戻金をDに交付したとの事実は認めることができず、他に被上告人が利得した利益を喪失した旨の事実の主張はないのである。そうすると、右利益は被上告人に現に帰属していることになるのであるから、原審の認定した諸事情を考慮しても、被上告人が現に保持する利益の返還義務を軽減する理由はないと解すべきである。
なお、原審が仮定的に判断するように、被上告人が本件払戻金を直ちにDに交付し、当該金銭を喪失したとの被上告人の主張事実が真実である場合においても、このことによって被上告人が利得した利益の全部又は一部を失ったということはできない。すなわち、善意で不当利得をした者の返還義務の範囲が利益の存する限度に減縮されるのは、利得に法律上の原因があると信じて利益を失った者に不当利得がなかった場合以上の不利益を与えるべきでないとする趣旨に出たものであるから利得者が利得に法律上の原因がないことを認識した後の利益の消滅は、返還義務の範囲を減少させる理由とはならないと解すべきところ、本件においては、被上告人は本件払戻しの約三時間後に上告人から払戻金の返還請求を受け右払戻しに法律上の原因がないことを認識したのであるから、この時点での利益の存否を検討すべきこととなる。ところで、被上告人の主張によれば、Dに対する本件払戻金の交付は本件約束手形の取立委任を原因とするものであったというのであるから、本件約束手形の不渡りという事実によって、被上告人はDに対して交付金相当額の不当利得返還請求債権を取得し、被上告人は右債権の価値に相当する利益を有していることになる。そして、債権の価値は債務者の資力等に左右されるものであるが、特段の事情のない限り、その額面金額に相当する価値を有するものと推定すべきところ本件においては、Dに対する本件払戻金の交付の時に右特段の事情があったとの事実、さらに、被上告人が本件払戻しに法律上の原因がないことを認識するまでの約三時間の間にDが受領した金銭を喪失し、又は右金銭返還債務を履行するに足る資力を失った等の事実の主張はない。したがって、被上告人は本件利得に法律上の原因がないことを知った時になお本件払戻金と同額の利益を有していたというべきである。
そうすると、前記事実関係の下において、被上告人の利得した一七〇〇万円のうち一〇〇〇万円について、同金額及びこれに対する遅延損害金の支払請求を棄却した原審の判断には、民法七〇三条の解釈適用を誤った違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。したがって、論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決中上告人の敗訴部分は破棄を免れない。そして、前記説示に照らせば、右部分の請求を棄却した第一審判決を取り消し、一〇〇〇万円及びこれに対する履行の請求を受けた日の後である昭和五九年五月一二日から支払済みまでの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分についても上告人の請求を認容すべきものである。

三 よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、八九条 に従い裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第三小法廷
裁判長裁判官    佐   藤   庄 市 郎
裁判官    坂   上   壽   夫
裁判官    貞   家   克   己
裁判官    園   部   逸   夫
裁判官    可   部   恒   雄

 

 

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