最高裁平成21年9月11日第二小法廷判決・ 集民第231号495頁
2016-09-11
主文
原判決中,上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,本件を高松高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人大平昇の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件本訴は,貸金業者である上告人が,借主である被上告人Y1及び連帯保証人であるその余の被上告人らに対して貸金の返済等を求めるものであり,本件反訴は,被上告人Y1が,上告人に対し,上告人との間の金銭消費貸借契約に基づいてした弁済につき,利息制限法所定の制限利率を超えて支払った利息(以下「制限超過利息」という。)を元本に充当すると過払金が発生しているとして,不当利得返還請求権に基づき過払金の返還等を求める事案である。上告人において,期限の利益喪失特約に基づき被上告人Y1が期限の利益を喪失したと主張することが,信義則に反するか等が争われている。
2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 上告人は,貸金業法(平成18年法律第115号による改正前の法律の題名は貸金業の規制等に関する法律)3条所定の登録を受けた貸金業者である。
(2) 上告人は,平成15年3月6日,被上告人Y1に対し,400万円を次の約定で貸し付けた(以下「本件貸付け①」という。)。
ア利息年29.0%(年365日の日割計算)
イ遅延損害金年29.2%(年365日の日割計算)
ウ弁済方法平成15年4月から平成20年3月まで毎月1日限り,元金6万6000円ずつ(ただし,平成20年3月のみ10万6000円)を経過利息と共に支払う。
被上告人Y は,平成15年3月62 日,上告人に対し,本件貸付け①に係る被上告人Y1の債務について連帯保証した。
(3) 上告人は,平成16年4月5日,被上告人Y1に対し,350万円を次の約定で貸し付けた(以下「本件貸付け②」という。)。
ア利息年29.0%(年365日の日割計算)
イ遅延損害金年29.2%(年365日の日割計算)
ウ弁済方法平成16年5月から平成21年4月まで毎月1日限り,元金5万8000円ずつ(ただし,平成21年4月のみ7万8000円)を経過利息と共に支払う。
被上告人Y3は,平成16年4月5日,上告人に対し,本件貸付け②に係る被上告人Y1の債務について連帯保証した。
(4) 上告人は,平成17年6月27日,被上告人Y1に対し,300万円を次の約定で貸し付けた(以下「本件貸付け③」といい,本件貸付け①,②と併せて「本件各貸付け」という。)。
ア利息年29.2%(年365日の日割計算)
イ遅延損害金年29.2%(年365日の日割計算)
ウ弁済方法平成17年8月から平成22年7月まで毎月1日限り,元金5万円ずつを経過利息と共に支払う。
被上告人Y4は,平成17年6月27日,上告人に対し,本件貸付け③に係る被上告人Y1の債務について連帯保証した。
(5) 本件各貸付けにおいては,元利金の支払を怠ったときは通知催告なくして当然に期限の利益を失い,残債務及び残元本に対する遅延損害金を即時に支払う旨の約定(以下「本件特約」という。)が付されていた。
(6) 本件各貸付けに対する被上告人Y1の弁済内容は,本件貸付け①に係る債務については原判決別表1に,本件貸付け②に係る債務については原判決別表2に,本件貸付け③に係る債務については原判決別表3にそれぞれ記載されているとおりであり,同被上告人は,本件貸付け①,②については平成16年9月1日の支払期日に,本件貸付け③については平成17年8月1日の支払期日に,全く支払をしておらず,いずれの貸付けについても,上記各支払期日の後,当初の約定で定められた支払期日までに弁済したことはほとんどなく,支払期日よりも1か月以上遅滞したこともあった。
(7) 上告人は,被上告人Y1から本件各貸付けに係る弁済金を受領する都度,領収書兼利用明細書を作成して同被上告人に交付していたところ,いずれの貸付けについても,上記(6)記載の各支払期日より後にした各弁済(以下「本件各弁済」と総称する。)に係る領収書兼利用明細書には,弁済金を遅延損害金のみ又は遅延損害金と元金に充当した旨記載されており,利息に充当した旨の記載はない。
3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり,上告人が本件各貸付けについて本件特約による期限の利益の喪失を主張することは信義則に反し許されないと判断した。そして,本件各貸付けのいずれについても被上告人Y1に期限の利益の喪失はないものとして本件各弁済につき制限超過利息を元本に充当した結果,本件各貸付けについては,原判決別表1~3のとおり,いずれも元本が完済され,過払金が発生しているとして,上告人の本訴請求をいずれも棄却し,同被上告人の反訴請求を一部認容した。
(1) 被上告人Y1は,本件貸付け①,②については,平成16年9月1日の支払期日に支払うべき元利金の支払をしなかったことにより,本件貸付け③については,平成17年8月1日の支払期日に支払うべき元利金の支払をしなかったことにより,本件特約に基づき期限の利益を喪失した。
(2) しかしながら,被上告人Y1は,本件貸付け①,②については,その期限の利益喪失後も,基本的には毎月規則的に弁済を続け,上告人もこれを受領している上,平成17年6月には新たに本件貸付け③を行い,本件貸付け③についても同被上告人はその期限の利益喪失後も弁済を継続しており,上告人が期限の利益喪失後直ちに同被上告人に対して元利金の一括弁済を求めたこともうかがわれないから,上告人は,同被上告人が弁済を遅滞しても分割弁済の継続を容認していたものというべきである。そして,本件各貸付けにおいては約定の利息の利率と遅延損害金の利率とが同率ないしこれに近似する利率と定められていることを併せ考慮すると,領収書兼利用明細書上の遅延損害金に充当する旨の表示は,利息制限法による利息の利率の制限を潜脱し,遅延損害金として高利を獲得することを目的として行われたものであるということができる。そうすると,被上告人Y1に生じた弁済の遅滞を問題とすることなく,その後も弁済の受領を反復し,新規の貸付けまでした上告人において,さかのぼって期限の利益が喪失したと主張することは,従前の態度に相反する行動であり,利息制限法を潜脱する意図のものであって,信義則に反し許されない。
4 原審の上記3(1)の判断は是認することができるが,同(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
原審は,上告人において,被上告人Y1が本件特約により本件各貸付けについて期限の利益を喪失した後も元利金の一括弁済を求めず,同被上告人からの一部弁済を受領し続けたこと(以下「本件事情①」という。),及び本件各貸付けにおいては,約定の利息の利率と約定の遅延損害金の利率とが同一ないし近似していること(以下「本件事情②」という。)から,上告人が領収書兼利用明細書に弁済金を遅延損害金のみ又は遅延損害金と元金に充当する旨記載したのは,利息制限法による利息の利率の制限を潜脱し,遅延損害金として高利を獲得することを目的としたものであると判断している。
しかし,金銭の借主が期限の利益を喪失した場合,貸主において,借主に対して元利金の一括弁済を求めるか,それとも元利金及び遅延損害金の一部弁済を受領し続けるかは,基本的に貸主が自由に決められることであるから,本件事情①が存在するからといって,それだけで上告人が被上告人Y1に対して期限の利益喪失の効果を主張しないものと思わせるような行為をしたということはできない。また,本件事情②は,上告人の対応次第では,被上告人Y1に対し,期限の利益喪失後の弁済金が,遅延損害金ではなく利息に充当されたのではないかとの誤解を生じさせる可能性があるものであることは否定できないが,上告人において,同被上告人が本件各貸付けについて期限の利益を喪失した後は,領収書兼利用明細書に弁済金を遅延損害金のみ又は遅延損害金と元金に充当する旨記載して同被上告人に交付するのは当然のことであるから,上記記載をしたこと自体については,上告人に責められる理由はない。むしろ,これによって上告人は,被上告人Y1に対して期限の利益喪失の効果を主張するものであることを明らかにしてきたというべきである。したがって,本件事情①,②だけから上告人が領収書兼利用明細書に上記記載をしたことに利息制限法を潜脱する目的があると即断することはできないものというべきである。
原審は,上告人において,被上告人Y1が本件貸付け①,②について期限の利益を喪失した後に本件貸付け③を行ったこと(以下「本件事情③」という。)も考慮し,上告人の期限の利益喪失の主張は従前の態度に相反する行動であり,利息制限法を潜脱する意図のものであって,信義則に反するとの判断をしているが,本件事情③も,上告人が自由に決められることである点では本件事情①と似た事情であり,それだけで上告人が本件貸付け①,②について期限の利益喪失の効果を主張しないものと思わせるような行為をしたということはできないから,本件事情③を考慮しても,上告人の期限の利益喪失の主張が利息制限法を潜脱する意図のものであるということはできないし,従前の態度に相反する行動となるということもできない。
他方,前記事実関係によれば,被上告人Y1は,本件各貸付けについて期限の利益を喪失した後,当初の約定で定められた支払期日までに弁済したことはほとんどなく,1か月以上遅滞したこともあったというのであるから,客観的な本件各弁済の態様は,同被上告人が期限の利益を喪失していないものと誤信して本件各弁済をしたことをうかがわせるものとはいえない。
そうすると,原審の掲げる本件事情①ないし③のみによっては,上告人において,被上告人Y1が本件特約により期限の利益を喪失したと主張することが,信義則に反し許されないということはできないというべきである。
5 以上によれば,原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中,上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,更に審理を尽くさせるため,同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官竹内行夫裁判官今井功裁判官中川了滋裁判官古田佑紀)
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